平成24年 8月4・5日・高妻山(2,353m)
今回の例会は、年に1回の、「1泊2日で遠方の山に登る」特別例会の1つで、長野県、戸隠連峰の
最高峰『高妻山・2,353m』に、8月4・5日の(土・日)に登りました。
高妻山は、登山口の戸隠キャンプ場との標高差が1,200m 余りで、長いアップダウンの多い登山道を往復
約10時間歩く、健脚者向けの難コースです。
平安時代から修験道の山として名の知られた戸隠山の裏山として、古くから開かれた登山道は、小ピークごとに
石の小さな祠が置かれ、それぞれに、仏教にちなんだと思われる、一不動、二釈迦、三文殊、四普賢、五地蔵
六弥勒、七薬師、八観音、九勢至、十阿弥陀と、"ほとけ様"の名前がつけられています。
この古くからの標準的な登山道の、一不動〜五地蔵の区間は渡渉が多く、滑滝(なめたき)の鎖場、滑りやすい
一枚岩の帯岩(おびいわ)、不動滝の岩場などの、多人数では時間のかかりそうな所が多く、私たちは、新たに
尾根道として開発された、戸隠キャンプ場から五地蔵山へのルート「弥勒尾根新道」を登り、復路も下りました。
初日、8月4日(土):
早朝5時に山形を出発、小国を経て、(7:16)荒川胎内ICより「日本海東北自動車道」へ、「北陸自動車道」
より上越JCから「上信越自動車道」へ入り、(10:10)信濃町ICを経て、(10:38)戸隠森林植物園駐車場に
到着しました。
この後、植物園、「小川のこみち」「小鳥のこみち」「水芭蕉のこみち」さらに人気の戸隠神社参道の杉並木から
奥社・九頭龍社(くずりゅうしゃ)と廻り、(14:10)宿泊先の旅館『横倉』に入りました。
『戸隠神社表参道』
戸隠神社の奥社へと続く「随神門」に
着いた。参道の杉並木がすばらしい。
ひんやりと荘厳な雰囲気の中を歩き
階段を上がっていった所が「奥社」であった。
「九頭龍社」にもお参りして高妻山登山の
安全を祈願した。
戸隠神社は平安時代には修験道場として名が知られていたが、神仏混淆のころは「戸隠山顕光寺」と称し
「戸隠十三谷三千坊」と呼ばれ栄えていた、江戸時代徳川家の手厚い保護を受け、東叡山寛永寺の末寺となり
慶長17年(1612年)、千石の朱印地を拝領し、以後顕光寺を中心に大門通りをつくり、坊をその道側に集め
参道や境内に植樹し杉並木をつくり、一山の威容を整えた、現存の杉並木は樹齢400年、明治になって
神仏分離で寺は切り離され、戸隠神社と名前を変えて現在に至っている。
『鏡池』
次の中社へまわる途中「鏡池」を経由。
鏡池の後方にそびえる戸隠山をバックに
集合写真を撮る。戸隠古道の一部であろう
山道を1時間ほど歩き「中社」に到着。
次の日の良い足慣らしとなった。
2日目、8月5日(日):
『高妻山登山口』
戸隠キャンプ場駐車場から戸隠牧場を
通り、登山口に着いた。今回は昔からの
戸隠連山のいわゆる「お裏巡り」、一不動、
二釈迦・・・のコースでなく七年ほど前に
完成した「弥勒尾根新道コース」となった。
『高妻山山頂』
七薬師、八観音、九勢至の祠の前を通過し、
いよいよ高妻山が眼前に迫ってきた。やがて
平になってきた所が頂上と思ったが、そこは
十阿弥陀で、その先の岩が重なり合う尾根道を
少し進んだところが山頂であった。
『下山道』
登った道を忠実に下る。朝の登りの時は
ガスで見えなかった下界の戸隠スキー場や
牧場等が見渡せ、開放感のあるロケーションも
あったが、とにかく長い。くだりが登りよりも
長く感じられたのは疲れのせいだったか。
(15:15)戸隠キャンプ場駐車場に到着
登山靴を脱ぎ、汗をぬぐって
(15:30)出発
(15:45)「戸隠神告げ温泉」に到着、入浴で汗を流し、(16:30)出発、(17:00)信濃町ICより高速道に入り
(17:48)米山SAで夕食をし、(19:50)荒川胎内ICで一般道へ、小国を経て
22:10に山形に到着しました。
長いアプローチで、歩行時間約10時間の難コースにもかかわらず
参加者20人、男性8人、女性12人で女性会員の意気軒昂ぶりが目立った山行でした。