平成24年 9月23日・金山峠(羽州街道・623m)

 今回は羽州街道金山峠を訪れた。羽州街道は奥州街道の桑折宿(福島県)で別れ
七ヶ宿街道を通って楢下宿(山形県)に出て北上し、終着は油川宿(青森県)で奥州街道と
合流する縦貫道を言う。
金山峠は上山市金山から七ヶ宿町干蒲までの、頂上623mの峠道。明歴2年(1656年)
金山峠が改修されてからは、参勤交代(出羽13大名)のほか庶民の往来や出羽三山詣の
人々で賑わった。明治になって明治19年(1886年)小原新道の開通、同20年(1887年)
の東北本線、同32年(1899年)の奥羽本線の開通とともに、金山峠の役目は終わった。
現在の金山峠は県道上山七ヶ宿線の切り通しになっており、旧街道は東北自然歩道に指定され
木道などが整備されて歩きやすくなっている。


 旧金山宿  
『旧金山宿』
小雨の中、数軒しか残っていない 旧金山宿から、所々に石垣や石畳が 残る旧街道をたどった。

 

 旧金山峠の石仏  
『旧金山峠の石仏』
石仏や湯殿山碑が残る旧街道は、 東北自然歩道に指定され、木道などが 整備されて歩きやすくなっている。 茶屋跡を過ぎ、七曲りを登って金山峠 頂上に着いた。

 

 金山峠頂上  
『金山峠頂上』
車道と交差する頂上の木立の 中に、元禄4年(1691年)
秋田の佐竹藩が寄進したという 不動堂への石段が残っていた。
不動堂跡で記念写真を撮った。

 

 旧干蒲宿  
『旧干蒲宿』
山頂から5分ほどの鏡清水から 干蒲集落まで峠を下った。旧干蒲宿 は金山峠の麓の間宿で、煮売りを商売 にする茶屋があった。

 

 大曽根さわやか荘  
『大曽根さわやか荘』
干蒲から車で高畠町の鳩峰高原に 移動したが、雨と風が強く龍ヶ岳登山 は中止して、山形市の大曽根さわやか荘 に行き、入浴と昼食をとりゆっくりと懇談 した。

 

七ヶ宿町の干蒲集落から車で高畠町の鳩峰高原に移動したが、九十九折の峠道を登るほどに
雨と風がますます強くなり、鳩峰峠に到着したところで、龍ケ岳までは50分程度だから行ってみよう
との意見もあったがこの天候では龍ケ岳登山は止め、また次の機会にし、どこかで入浴しようとの意見が
大勢となり、山形市の大曽根さわやか荘に行き入浴と昼食をとり、ゆっくりと懇談した。
 
(7:10)山形県庁を出発、(8:00)上山市金山、(8:10)羽州街道金山峠道
(8:50)羽州街道金山峠道の七曲、(9:00)金山峠頂上、(9:10)鏡清水(七ヶ宿町)、(9:40)七ヶ宿町干蒲
(10:35)高畠町鳩峰峠、(12:10)大曽根さわやか荘(山形市)、入浴・昼食後(14:00)さわやか荘出発
 
山形県庁着 14:30。

*** 写真撮影 : 三 浦  鐵 太 郎  ***

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